インドの古典声楽、また古典音楽は、大きくは北インドと南インドに分かれます。
というのも、11世紀頃よりイスラム勢力がインドの西北より侵入し、北インドにイスラム王朝を築いていったことで、ヒンドゥーとイスラムの文化が混在し、音楽にも融合や変化が生じたからです。貴族たちを喜ばせるために華やかさを、音楽家として生き残るために技術を、それぞれの時代の音楽家たちの切磋琢磨する姿が目に浮かびます。
現在でも、師から口伝で教わる唱法や旋律を、何度も何度も練習して、身につけていきます。しかしながら、師が弟子たちへと伝わり続けるものは、技術だけでなく、思想だけでなく、思考の域を超えたものであり、それが音楽であり、歌です。
私は、北インド古典声楽の中でも、カヤール(Khayal)と呼ばれる、250年程前に体系化された、一番新しい古典声楽のスタイルを学んでいます。元は、ドゥルパド(Dhrupad)と呼ばれる、16世紀頃より一世を風靡した美しく奥深い声楽であり、ペルシア音楽が融合されて軽やかに華やかに進化していきました。
カヤールの語源は、ペルシア語で「イマジネーション」「アイディア」を意味します。
その名の通り、「ラーガ(概念のある旋律)」や「ターラ(輪廻するリズム)」の中で、自由に即興的に歌われます。ラーガの言葉の意味は「彩り」であり、発声法(奏法)を筆使いとして、声(音)で絵を描いていくようでもあります。
カヤールと一緒に演奏される打楽器はタブラであり、16拍子、12拍子、10拍子などのバンディッシュ(短い詩曲)と共に、ラーガとターラの織りなす即興の技が面白いのです。また、サーランギー(擦弦楽器)やハルモニウム(鍵盤楽器)の追奏が、カヤールの世界をさらに華やかに彩ります。
インド古典声楽の基礎練習は、自分の声を意識することから始まります。心を静かに、頭を明晰にしていきます。
ラーガの音使いをお借りして、練習を重ねていきます。自分をコントロールし、歌を自由に歌えるようになる道すがら、それぞれに、多くの学びや気付きがあります。